緑色の葉が、窓際に置かれている。  少しだけ開けられているところから吹く風に、枝に結わえられた金色の 鈴が揺らされて、チリン、と鳴った。  「Dear」            Writing by K.Seiru            Imaged by Teafloat Musics 「ねぇお兄ちゃん」  わたしはコートを脱いでいるお兄ちゃんに言った。 「桐菜、ちょっと持ってて」 「あ、うん?」  お兄ちゃんから渡されたコートを受けとった。 「何持ってるの?」  お兄ちゃんが持っている真っ白い袋の中には鉢植が入っているようだった。  わたしはコートをんしょ、と背伸びをして玄関のフックに引っ掛けると、 袋の中を覗きこんだ。 「わ、真っ赤な葉」 「知ってる、桐菜?」 「ん、えーとえーと」  わたしは何とか植物の名前を思い出そうとした。 「降参?」 「ちょっと待って、待って。もう少しで思い出すから」 「うん。いいけどね」  スーツの上着を外して、居間に向かうお兄ちゃんの後を追いながら、うーん うーんとわたしは考え込んだ。 「どう、桐菜?」  どさり、とソファに座ったお兄ちゃんはネクタイの隙間に人差し指を入れて 広げてからYシャツのボタンを一つ二つ外した。 「う゛ー」 「降参みたいだね」 「……こうーさぁん」 「ポインセチアさ。猩々木(しょうじょうぼく)。って、前教えたと思ったけ ど?」 「う、そんな気もする」  わたしは気まずくなって俯いた。 「だ、だってでもほら、こう喉のココラ辺りまでは出てたんだけどなぁ」  わたしはとんとん、と自分の喉を指差した。 「さっきはそのあたりだったんだ?」 「ん、さっきは胸のところぐらいだったカナ」 「……下がってるよ桐菜」 「え、えへへ」 「こら、笑って誤魔化すな」  お兄ちゃんが拳を振り上げる。 「ごめんなさい……」 「まぁ、いいけど」 「でも、お兄ちゃんさ」 「ん」  ローテーブルの上に置かれたポインセチアの真っ赤な葉っぱを指でつつき ながらわたしは言った。 「どうしてクリスマスにいつもポインセチアを買って来るの?」 「そりゃこれがクリスマスっぽい植物だからだよ」 「でもほかにもあるのに。こればっかり。ツリーもわたしたまには見たいん だけどなぁおうちで」 「んー」  お兄ちゃんは腕組みをした。 「何か理由あるんでしょう?」 「なくはないね」 「じゃぁ、教えて!」  わたしがそういうと、お兄ちゃんはいつも苦笑する。 「大した話じゃないよ?まぁちょっと長くなるかもしれないけれど」 「あ、ちょっと待ってね!」  わたしはぱたぱたと台所へ走り、マグカップにココアを入れて急いで戻っ てきた。お兄ちゃんにはカプチーノ。それを渡しながら、わたしはお兄ちゃ んのソファの向かいにトスンと座った。 「さぁ、どうぞ」 「……」  お兄ちゃんは苦笑している。 「どうしたの?」 「いや、いいよ……」  お兄ちゃんはカプチーノをすすりながら、話し始めた。           ○  あれは僕が小学校の中学年のころだったかな。ちょうど桐菜ぐらいの時 のお話だよ。そのころの僕等っていうのは一年生や二年生とは違うと思っ ていたのだけれど、でも五六年生に比べれば自分が嫌でもガキだってこと を思い知らされる微妙な時期だったんだ。  桐菜もそうじゃないかな。  まぁ、女の子と男の子は違うものだろうけれど。  ん、まぁクラスの男子はもっと子供っぽい?  ――そうだろうね、女の子のほうがある時期までは精神的肉体的に早熟 なんだと僕は聞いたことが有るよ。生物学的にも初期の段階では雌のほう が強いほうが環境適応に有利だという学説が――  何、仕事の話はいいって?  確かに話はずれたね。  そう、こんな寒い冬だったかな。  レクリエーションの時間があってね。  クリスマス会をすることにしたんだ。桐菜の学校でも有るかな?  無い?  そりゃ残念だなぁ。  でね、クリスマス会ではまぁフルーツバスケットとか椅子取りゲーム とかして遊ぶわけだよ。あるいはハンカチ落しとか。  え、ハンカチ落しを知らない?  輪になって、鬼がぐるぐる回って、こっそりハンカチを落して、それ に気がつかずにタッチされたら次の鬼になるっていうゲーム。気がつか れても走ってぐるっと回って空いた場所にはいれば勝ちでもあるんだけ ど。――知らない?本当に?  最近ではそういうの流行らないのかなぁ。  ――クリスマス会の中で最大の目玉だったのが、プレゼント交換でね。 音楽に合わせてぐるぐるとプレゼントを回すんだ。で、音楽が止まった ところで自分が持っているのが貰えるっていう趣向さ。  自分が欲しいものを買っても自分のものにはならないからね。受けを 狙ったり無難なものにしたり。あるいは友達同士で示しあわせたりした りするんだ。なかなか面白いだろう?  え、しょうもないものが当るかもしれない?  そう、そこが問題なんだな。  僕等のクラスでは男子と女子はそこそこ仲が良かったんだけれど、そ れはそれ、これはこれで、やっぱりお互いに「男子(女子)のプレゼン トなんか」って思ってたわけだよ。男女別々にしようという意見もあっ たけれど、先生がだめっていったからね。しょうがなく男女交互に座っ て交換会が始まったんだ。  ジングルベルが鳴るなか、僕の右に座った女の子がいたんだ。  え、名前?  ん、それがね。  ――あまり覚えていないんだ。ショートカットのね――そうだな、桐 菜のそれよりもうちょっと短かったかな。ボーイッシュっていうのかな。 でも大人しい無口な子でね。  輪は順不同で比較的仲が良かった人間同士で座ったから、どうして彼 女が僕の隣に座ったのかはわからない。左はいつも喧嘩して殴り合いを してたクラス委員のムカツク女の子だったけど。多分そっちは嫌がらせ だったろうけどね。  音楽が陽気に鳴るなか、プレゼントがぐるぐる回る。  それを想像してごらん、桐菜。  クラスは確か45人ぐらいだったから、45個もあったわけだ。なか なかカラフルで、それだけのプレゼントの箱がぐるぐる回っているとこ なんか今じゃぁ見られないと、僕は思うんだけどね。  音楽が、止まって――  ――僕の手には黄土色の質素な紙袋があったよ。 「さぁ開けてみましょう。ただし文句は言っちゃだめよ。そういうゲー ムなんだからね」    先生はそう言ったけれど、駄目なものだったら文句を言わない奴なん ていなかっただろうね。  僕はその紙袋を開けたよ。  そこには、小さな鉢植が入っていた。  ただ、緑色の葉を茂らせたなんでもない鉢植が。  僕はがっくりした。  だってそうだろう?  葉っぱだけの鉢植なんか、面白くもなんともない。  クラスのほかの連中が悲鳴を上げたり、歓声を上げたりするのを見な がら僕はため息をついた。 「――くん?」  小さな声。  右に座ったショートカットの彼女が、何が当った?って話しかけてき た。彼女の声は今でも覚えているけれど――少しハスキーだけれど、良 く聞こえる声だった。とても印象的でそれだけは覚えている。 「ん、なんだか知らない植物」 「……そっか」 「――はなんだった?」  ああ、多分そのころは名前も覚えていたんだと思う。  でも僕にはもう思い出せないけど。 「これ」  彼女がはにかむように笑って見せてくれたのは。 「あー」 「――くんが用意してたやつだね」  それは銀色のハーモニカ。  僕はそのころから勝手で稚拙なメロディを作っては音楽の先生に叱ら れていたけれど、それは僕が普段使っているものとは少し違って、小さ なアンティークショップで見つけたものだった。壊れてドとソの音が出 ないんだ。  ド、とソ。  レミファー、と吹けるんだけど、そこでキイィンって割れちゃうのさ 音が。そんなハーモニカ。けれど銀色のぴかぴかでね、デザインがとて も綺麗だったからこいつにしてやれと思ったんだけど。 「あー。それ、ちょっと壊れてる」 「そう?」  彼女は唇にそれを当てて、  レミファー、フィィン。  やっぱりソが出なかった。 「あはは。面白い」  笑う彼女を見ながら、僕は自分の手元に有るそれを見た。 「どうしたの?」 「あ、いやまぁその」 「……ひょっとして、ハズレだった?」 「そうかも」  僕が詰らないナァ、と呟くと、彼女は何故か寂しそうな顔をしたんだ。    僕は鉢植を持って、家路についたんだよ。  かなりがっくりしてね。               ○ 「それで?」 「それだけ」  お兄ちゃんの話はわき道が多いから、要約するとこんな風になった。 「それだけって」 「たったそれだけの話さ」  お兄ちゃんはテーブルの上のポインセチアの葉を指でつついた。  リリン、と枝につけられた鈴が鳴る。 「お兄ちゃん、わたし、その、思うんだけど」 「ん、なんだい桐菜」 「その鉢植を選んだのは――」 「――そうだね、僕も桐菜と同じ考えだよ」 「じゃぁ」  わたしがマグカップを机において身を乗り出すとお兄ちゃんは首を 振った。 「……?」 「本当にそうだったか、はもうわからないんだ」 「どうして」 「翌日彼女は転校していっちゃったからね」 「……え」 「それから数日たったときだった。僕の机の上に置かれているそれを 何気なく見たんだ」  夜が来て直ぐだったかな、とお兄ちゃんは言った。 「蛍光灯の白い光に照らされた真っ赤な――真っ赤な葉を見て、僕は 驚いた。とても驚いた。慌てて鉢植を持って、母さんに見せたよ」  わたしはテーブルの上の鉢植を見た。 「母さんが教えてくれた。これはポインセチアといって、冬の日照時間 が短くなると葉先から真っ赤に染まる植物なんだって。けれど日本じゃ 気候の関係で、夏から日光を遮って、朝遅く光を当てるという短日処理 をしないと、綺麗なこの赤い葉――包葉というのだけどね――が出来な いんだ」  お兄ちゃんはリリン、と鈴を鳴らしつづけている。 「それは――その鉢植はきっと、随分前から用意されていたプレゼント だったんだ。冬の厳しい寒さ――雪が見えるころに、ほんのり赤く染ま る植物を育てながら、これをプレゼントに選んだ人間は何を考えていた んだろうね?」  お兄ちゃんは真っ直ぐ桐菜を見つめてくる。  わたしは――こくん、と喉を鳴らした。 「多分」 「たぶん?」 「――贈る相手に自分の気持ちに気がついて欲しかった――?」  わたしが言うとお兄ちゃんは優しく微笑んで何も答えなかった。  それからぽつりと言った。 「クリスマスは、だからポインセチアに限るよ。なんでもないもの、が ふとした瞬間に見違えるようなそんな大切な宝物になる。そんな出来事 を象徴している気がする」  お兄ちゃんは呟くようにそう言って、わたしのほうを見て言った。 「さぁ、今日はクリスマスだからね。ケーキでも食べようか、桐菜」 「うん」  わたしはなんだか少し切ない気分のまま、こくりと頷いた。               ○  窓際に真っ赤な葉をつけたポインセチアが有る。  わたしはその枝をつついた。  枝につけられた金色と銀色の鈴が、リリン、と澄んだ音を立てた。  そういえば、ポインセチアの花言葉はなんだっけ。  そうそう―― メ リ ー ク リ ス マ ス  あなたを、祝福、します、だっけね。  リリン。  鈴の綺麗な音がポインセチアの赤い葉を滑り落ちていった。                             【Fin】